40歳からの肝臓再生術

・休肝日の正しい設け方   
・意外に良くないシジミやレバー
・肝硬変から生還できる

週刊朝日 8月15日号

鵜沼直雄 肝臓科顧問
佐々木研究所附属杏雲堂病院
〒101-0062東京都千代田区神田駿河台1-8
TEL 03-3292-2051


40歳も過ぎると、お酒が好きな人が心配になってくるのが肝臓の状態だ。なにせ我慢強く働き、悲鳴を上げたときはもう遅い「沈黙の臓器」。肝臓の現状を知り、「再生」させるための基礎知識とライフスタイルについて専門家に聞いてみた。

「痛くなったり、吐き気がするなど、『おしゃべりな臓器』といわれる胃と対照的なのが肝臓です。通常は、かなり障害されて、肝硬変にならない限り症状は出ません」武蔵野赤十字病院消化器科部長の泉並木(いずみなみき)医師はそう話す。つまり、肝臓は何の危険信号も発しないので、積極的に現状を把握し、いたわらないといけない臓器なのだ。そのためにはまず検査。健康診断の血液検査で知った、気になっている検査項目が何を意味するのか、おさらいしてみよう。

検査項目でよく見るのは、GOT(AST)にGPT (ALT)、それから酒好きの間で話題になるγ-GTP。肝臓の状態を血液検査でチェックする際は、GOT,GPT、γ-GTPに加え、 ビリルビンを確認するとよいと言うのが、杏雲堂病院顧問で肝臓が専門の鵜沼直雄(うぬまただお)医師だ。

泉医師は、これにコリンエステラーゼ(ChE)をさらに加える。GOTとGPTは、どちらも肝細胞中に存在する酵素。健康な人でも、ふだんからごく少量は血液中に存在する。ところが、ひとたび肝細胞が破壊されたりすると、肝細胞の中から、GOTとGPTが大量に血液中にあふれ出てしまう。だから、GOTとGPTの高さで、肝細胞がどの程度、障害を受けたかがわかる。

γ-GTPは、よく知られるように、特にアルコールによって肝細胞が障害されたときに上昇する。「肝臓は正直なもので、患者さんが『お酒はやめました。もう飲んでいません』と言っても、血液検査をすると、γ-GTPには如実に表れる」(鵜沼医師)。逆にアルコールを断つと、γ- GTPは目に見えて下がり始める。1週間でかなり下がり始め、2,3ヵ月も断酒すると、重い疾患でない場合は正常値に戻るという。

γ-GTPがかかわるのは実はお酒だけではない。アルコールに関係のない非アルコール性脂肪性肝炎の場合でも、γ-GTPは上がる、この非アルコール性脂肪性肝炎は最近注目されている疾患で、これについては追って詳述しよう。

ビリルビンも要注意だ。ビリルビンは赤血球が古くなって壊れるときに生じる黄色い色素で、これが増えると、黄疸(おうだん)になる。皮膚や粘膜、白目が黄色くなるのだ。

黄疸はとても危険な状態と、鵜沼医師は言う。「黄疸が出るのは、急性肝炎の初期や肝硬変など、重篤な肝臓病の場合が少なくない」。肝硬変は、文字どおり肝臓が硬く変わってしまい、肝細胞が破壊されて、肝臓が正常に働かなくなる病気。少し前までは「肝臓病の終着駅」とさえいわれた、とても怖い疾患である。

血液検査ではもう一つチェックすべき項目がある。それは、コリンエステラーゼだ。今ひとつなじみのない項目だが、いったいどんなものなのか。「コリンエステラーゼは、肝臓で作られるたんぱく質の量を表しています。肝硬変になると下がって、脂肪肝になると上がるという特徴がある」 (泉医師)という。ただ残念ながら、健保組合や自治体の健康診断では、検査項目に入っていないこともある。

肝臓検査で大事な項目

検査項目

正常値(※)

検査で何がわかるか

GOT

(グルタミン酸オキサロ酢酸トランスアミナーゼ)

13〜38U

肝細胞の中に多く含まれる酵素。正常値より高くなるほど肝細胞の障害の程度がひどい。障害が回復するにつれ正常値に近くなるので、経過を見る検査としても大切

GPT

(グルタミン酸ビルビン酸トランスアミナーゼ)

6〜37U

γ―GTP

74U/1以下

異常に高い場合は肝障害。アルコールが肝臓に与えている影響を知るのに適した検査

ChE

(コリンエステラーゼ)

186〜490U/1

肝臓の機能が低下した場合に減少。脂肪肝では数値が逆に高くなる

総ビリルビン

0.2〜1.3mg/dl

正常値より高いのは黄疸

※「正常値」は医療機関などによって多少の違いがあります

以上が通常の健診でわかる肝臓の検査だが、では、血液検査で異常が出たら、どんな検査に進めばいいのだろう。

鵜沼医師は言う。「異常値が出た場合は、必ず超音波検査(エコー)を受けてください。超音波を受けると、脂肪肝かどうかなど、肝臓の状態がほぽわかります。超音波でさらに怪しいところが見つかった場合は、CTやMRIといった画像診断を受けるとよいでしょう。

これらの画像診断は、肝臓がんの早期発見にたいへん有効です。肝臓は血液検査だけで診断できるものではないのです」さらに肝心なのは、ウイルスのチェックだ。肝炎ウイルスは現在までに6種類見つかっている。肝炎ウイルスに感染すると、主に肝臓でウイルスが増殖して、肝機能を悪化させる。特に問題になっているのはB型とC型のウイルスで、肝硬変や肝臓がんなど、命にかかわる病気につながることがある。「40歳になったら、ウイルス肝炎の検査をぜひ受けてください」と泉医師は勧める。しかし、通常の健康診断では検査項目にないから、自ら進んで医療機関で受ける必要がある。人間ドックの項目に人っていないこともあるので、事前に確認したほうがよい。

さて、肝臓と切っても切り離せないのがアルコール、お酒である。まず、お酒と肝臓の関係について「理論編」を---。アルコールは分解されるとアセトアルデヒドという毒性の物質になる。その後、アセトアルデヒドは解毒されて酢酸になり、最終的には脂になって肝臓にたまる。この一連の働きをするのが肝臓だ。だから、アルコールを飲むと、それだけ肝臓を働かせ、負担をかけることになるのだ。

「酒に強い弱いと、肝臓の強さは何の関係もありません。お酒の強い人は、アセトアルデヒドの分解酵素を多く持っているだけで、肝臓が丈夫なわけではないのです。分解酵素を多く持っているから、あまり酔うことなく、たくさん飲める。しかし、こうした人ほど、結果として肝臓を悪くしがちです」(鵜沼医師)

お酒の飲みすぎで肝臓を壊し、アルコール性肝炎を患い、生死の境をさまよった人がいる。鈴木正さん(63)の例を紹介しよう。鈴木さんは、東京は下町・台東区柳橋でちゃんこ鍋屋を営む。お酒は18歳ごろから毎日飲んでいた。飲食店を営む関係で、ランチタイムが終わる午後2時半ごろに、まず中ジョッキで2杯ほどビールを流し込む。昼食をとって、休憩時間を挟み、夕方5時に再び開店。なじみのお客さんに勧められれば、ここでまた1杯、2杯とグラスを傾ける。夜10時に店じまいをして、片づけを済ませ、帰宅後の11時ごろから深夜までビールや日本酒を飲む。こうした生活を三十数年続けた53歳のとき、体に異変が表れる。「腰のあたりにヘルペス(帯状疱疹)が出ましてね。皮膚科に行ったんですが、消化器科に回されました。それから、ゴルフをしていたら、足の甲がものすごく腫れて、むくんだこともありました」都内にある三井記念病院で血液検査を受けるど、GOTは86、GPTは55、γ-GTPは333、ビリルビンは5・4と、どれも正常値を大きくオーバーしていた (正常値は表を参照)。さらに顕著に表れていたのが血小板の数値。血小板の正常値は17.31万〜39.6万/μ1だが、鈴木さんのそれは3.9万/μIまで下がった。

週に2回は必要お酒飲まない日

「肝硬変になると、血小板は一般に10万/μ1まで低下します。それが3・9万/μ1になったということは、かなり進んだ肝硬変だったといえます」(鵜沼医師)

実際、鈴木さんの病状は、「腹水や胸水がたまり、へそが飛び出してきて、家内は先生から『半年持てばいい』とまで言われたそうです」それが奇跡的に回復した。たまった胸水と腹水を抜くことができ、8ヵ月に及ぶ入院生活を経て、肝臓は主治医も驚くほど回復していった。「私の場合は、検査で肝硬変の原因が明らかにアルコールとわかりました。だから、入院中はもちろん、退院してからも酒はいっさい飲んでいません。断酒して、もうかれこれ10年近くになります。お客さんが目の前でうまそうにビールを飲んでいても、もう飲みたいとも思わない」と、鈴木さんは話す。断酒のかいがあって、鈴木さんの検査数値はすこぶる回復した。GOTは19,GPTは14、γ-CTPは30、ビリルビンはO.7と、すべて正常値に。血小板数も、12万/μ1まで回復した。「かつて肝硬変は『終着駅』といわれました。『治療法はない、もうおしまい』だという意味です。しかし今は、治療法がずいぶん進歩しました。だから鈴木さんも、かなり進んだ肝硬変でありながら、命を落とさずに済んだのでしょう」と鵜沼医師は解説する。とはいうものの、鈴木さんの肝臓は完全に元どおりになったわけではない。超音波検査をすると、健康な人の肝臓は表面がツルツルしているのに、鈴木さんの肝臓はザラザラしているという。生活に大きな支障はないが、アルコールをいっさい飲めないのはもちろん、塩辛いものを控えるなど食事にも制限はある。定期的な通院も欠かせない。肝硬変は死に至る病とは限らなくなったが、もちろんならないに越したことはない。アルコールと肝臓の関係については、非常に興味深いデータがある。アルコール性の肝臓障害では、原因がアルコールにあるのだから、禁酒が最大の治療になる。そこで、鵜沼医師はアルコール性肝硬変の人、85人を対象に、「禁酒群」と「飲酒継続群」に分けて、追跡調査を行った。結果を紹介しよう。

飲酒継続群の生存率は、2年後は67%だが、4年後は10%まで下がり、6年後、生存者は一人もいなかった。対して禁酒群では、2年後の生存率は84%で、4年後は64%と大きな違いを見せ、14年後でも14%の人が生存していた。この例からも、アルコールが原因の肝臓障害は、まずアルコールを断つことが重要であるとわかる。しかし、できれば障害を持つことなく、賢く楽しくアルコールとはつきあいたいもの。そこで、お酒の上手な飲み方を泉医師に聞いてみた。

「まず必ず休肝日を設けること。週に2回はお酒をいっさい飲まない日を持ってください。それも連続した2日間ではなく、たとえば水曜と土曜といったように、間を空けて飲まない日を持つこと。1日に飲む量は、日本酒なら2合以下、ビールで大瓶2本まで、ワインならグラス2杯までです。チャンポンはあまりすすめられません。いろいろな種類のお酒を飲むこと自体が悪いのではなく、チャンポンすると、どれくらい飲んだのかわからなくなって、往々にして飲みすぎてしまうからです。おつまみは、基本的には脂分が少なく、たんぱく質を多く含んだものがいいでしょう。お酒は最終的に脂に変わりますから、そこにさらに脂肪の多いものを食べると、ますます脂肪肝になりやすくなります。また、たんぱく質をとらずにお酒を飲むと、アルコールの毒性が出やすいことが実験で証明されています。具体的には、豆腐などの大豆製品、白身の魚や鶏肉のささみなどがおすすめです。それから、アルコールが脂に変わっていく際に、非常に多ぐのビタミンを消費します。ですから、ビタミンの豊富な野菜類もおすすめです」年がら年じゅう晩酌をして、鵜の空揚げなど脂っこいものをつまみにしながら飲んでいる人は要注意である。もちろん、何のつまみも食べずに酒だけ飲むのも非常に危険だ。アルコールの毒がダイレクトに肝臓を直撃するからだ。

さて、最近注目されている肝臓疾患に、前述した非アルコール性脂肪性肝炎がある。英語の略称で、NASH(ナッシュ)ともいわれる。泉医師は次のように言う。「これまで脂肪肝は、一般的にはそれほど危険なものではなく、食事制限をして運動をしていれば改善すると考えられていました。ところが非アルコール性脂肪性肝炎は脂肪が肝臓にたまるだけでなく、たまった脂肪が原因で肝炎を起こしてしまうのです。たとえば肝硬変を引き起こし、ひいては肝臓がんを招くこともあります。『非アルコール性』ですから、お酒を飲まなくてもなります」肝臓がんにまで至るとは、なんとも恐ろしい。40代以上の男女に増えていて、原因はズバリ、食事と運動不足にあると泉医師は話す。「ハンバーグやトンカツなど、肉類や揚げ物を食べることが、ここ数十年で格段に増えました。おかずの量も圧倒的に多くなっているし、お菓子などの間食をとる人も増えた。しかし逆に運動量は滅っている。この結果、増えているのが肥満です。肥満ぎみの人は脂肪肝であることが多く、脂肪肝の人は非アルコール性脂肪性肝炎になる危険性もあるのです」

体内の鉄分抜く「瀉血」の治療も

過食や肥満、運動不足は肝臓疾患だけでなく動脈硬化にもつながる。動脈硬化は脳梗塞や心筋梗塞を引き起こすこともある危険な状態である。ほかには、寝る直前まで食べている食生活も大いに問題だ。サラリーマン諸氏の場合、夜10時、11時に帰宅し、それから夕食、いや夜食をとる人も少なくない。それで、すぐに床に就く。食後から就寝時間までに時間があれば、その間にエネルギーを消費することができるが、食後すぐに寝てしまうと、食べたもののカロリーが寝ている間にすべて肝臓にたまってしまう。これでは脂肪肝になってしまう。だから「就寝前、少なくとも3時間は何も食べないこと」と泉医師は言う。

運動不足を解消するには、何より歩くことだ。目安は歩数よりむしろ時間。「あまり立ち止まらずに、持続的に30分ほど歩くのが望ましい」(泉医師)。よく言われることだが、一つ二つ手前の駅で降りて、一駅二駅分くらいは歩きたいものだ。ちなみに、自転車は思ったほど運動にならないという。食事のことでは、最近、学会でも注目されでいる話がある。「肝臓にはシジミがよい」と聞いたことのある人は多いだろうが、最近はまったく反対のことが言われているのだ。つまり「シジミは肝臓に悪い」というのだ。「シジミには鉄が多く含まれています。肝臓の悪い人の中には、体内に鉄分が多い人もいる。こうした人が、肝臓にはシジミがいいからと、シジミをたくさん食べるのは危険。肝臓にたまった鉄が肝炎をさらに悪化させることがあるからです」(鵜沼医師)シジミだけではない。鉄が多く含まれるアサリやレバーなども、こうした人は控えたほうがいいという。また、最近でば、肝臓にたまった鉄を滅らすために「瀉血(しゃけつ)」という治療も行われている。血液を抜くことで体内の鉄分を滅らすのだ。ただし、血液検査の結果、鉄が正常値や少ない人は、シジミを避ける必要はないし、瀉血をする必要もない。

断酒も瀉血もごめんこうむりたい人は、アルコールの量はほどほどにして、休肝日を設け、脂っこいものは控える。そして、適度な運動を心がける。この地道な努力が結局はあなたの肝臓と身を守るのだ。

平出渚