肝がんの化学療法 「インターフェロン併用5FU動注化学療法」 「肝動脈塞栓術」 毎日ライフ 7月号 小尾 俊太郎 肝臓科部長 佐々木研究所附属杏雲堂病院 〒101-0062東京都千代田区神田駿河台1-8 TEL 03-3292-2051 |
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肝がんの自然経過と予後因子 ●慢性肝炎から肝がんへと至る道 ○ほとんどの肝がんの背景にはC型慢性ウイルスがある 日本の肝がんの約80%はC型慢性肝炎が原因です。C型肝炎ウイルス(HCV)は、血液を介して感染します。感染から約35〜40年かけて慢性肝炎から肝硬変へ、そして肝がんと進展します。肝硬変が肝がんの母体にありますから、肝機能は時間の経過とともに右肩下がりとなり、やがて肝不全となります。一方、肝がんも次から次へいくつも多発再発し、やがて収拾がつかなくなってしまいます。 ○門脈腫瘍塞栓になると急速に肝不全が進行する 今まで東京大学消化器内科で診させていただいた約2,000人の肝がん患者さんの予後を決めるのは、どういう因子なのか検討してみました。解析の結果、予後を決めるのは肝機能因子 (つまり肝機能が良いか悪いか)であり、肝がん因子(がんの大きさなど)自体はあまり重要ではないのです。ただし門脈腫瘍塞栓(門脈が肝がんによって閉塞してしまった状態)だけは、予後不良因子となります。肝臓の中にある門脈という大事な血管(腸で吸収した栄養分を肝臓に送り届けている)にがんが浸潤し、やがては肝がんによって門脈が閉塞してしまうことがあります。こうなると肝臓に栄養が届かなくなり、急速に肝不全が進行します。がんの浸潤範囲によりますが、積極的な治療ができない場合、残された時間は半年くらいです。門脈腫瘍塞栓となった肝がんは、多くの場合、肝臓全体にがんが広がっており、手術、局所療法、塞栓術、放射線治療などは、ほとんどの患者さんで治療の適応外となります。そこで、残された方法が化学療法(抗がん剤)です。 新たな治療戦略 ●効率を上げ副作用を抑える工夫 抗がん剤治療のポイントは、いかに治療効果を高めて、いかに副作用を抑えられるかです。そのためにさまざまな工夫をしてできあがったのが「インターフェロン併用5FU動注化学療法」です。 ▽工夫@インターフェロン併用 本来インターフェロンは、肝炎ウイルスを駆除するときに用いる薬です。インターフェロンは体内にも存在する物質で、さまざまな作用をもっています。その一つに抗がん作用があります。以前より肝がん治療に使われている5FU(ファイブエフユー)という抗がん剤と併用することによって、相乗効果が得られることが新たにわかりました。 ▽工夫A抗がん剤持続的に使用 5FUは1回で注射するよりも、持続的に注射したほうが効果が高いことがわかっています。このために5FUは、24時間、5日間かけて(つまり120時間持続)注射します。 ▽工夫B肝動脈に直接投与 普通の点滴注射では全身に薬が行きわたるので、肝臓以外の目的としない臓器にも同じ濃度の抗がん剤が届きます。これは効率が悪いばかりではなく、副作用の懸念も高まります。肝がんは、肝動脈から養われています。そこで肝動脈に直接細い管 (カテーテル)を植え込んで、抗がん剤を直接肝動脈に注入(動注)します。このシステムのお陰で、肝がんには高濃度の抗がん剤が届き、他の部位には直接抗がん剤が流れないのです。つまり効果を高め、副作用を抑えることができます。 効果と適応 ●どのような患者さんに、どのような効果があるのか ○門脈浸潤の患者さんの約半数に効果 101人の門脈腫瘍浸潤を伴う進行肝がんの患者さんを対象に治療を行って、肝がんが完全に消失した患者さんは15人、縮小した患者さんは34人、合わせて奏功率は101人中49人で49%でした。つまり約半数の患者さんに効果がありました。 ○原発性の多発がん、門脈浸潤のある人が適応となる 約半数の患者さんに効果がありますが、裏を返すと、半数の患者さんには効きません。ほかに有効な治療法のない進行肝がん、つまり肝臓の中に多発肝がんがあり、さらに門脈浸潤(右枝、左枝、もしくは本幹がやられている)を伴っている状態の患者さんが適応となります。ただし他の臓器に転移してない状態(他の臓器には動注では十分な濃度の抗がん剤が届きません)で、コントロール不可能な、腹水や黄疸がないことが条件になります。なお、最初に触れましたように、転移性肝がんには行っていませんので効果は不明です。 ○効く人、効かない人 多種のパラメーター、つまり性別、年齢から始まって各種肝機能、肝がんの形や大きさなどをコンピュータに入力し解析してきましたが、治療前の予測因子は決められませんでした。つまり、やってみないとわからない、というのが現状です。しかしコントロール不能な腹水や、黄疸があった場合には、明らかに厳しいです。 ○効かないときはどうするのか 効かないときは、抗がん剤を変更します。今回はスペースの関係で触れませんが、効果が期待できますので、「インターフェロン併用5FU動注化学療法」が効かなかったら、もうダメということはありません。 副作用 ●症状のコントロールは可能 肝動脈に直接抗がん剤を注入するので、1回肝臓を流れた抗がん剤が全身に回るため、副作用を抑えられます。また、大きな副作用があるようでは、肝硬変がベースにある肝がんの患者さんは治療できないことになります。抗がん剤の副作用としては、味覚異常、食欲不振、吐き気、粘膜障害(鼻血や口内炎)、下痢、白血球減少などがあります。インターフェロンの副作用としては、発熱、倦怠感、白血球減少などがあります。これらは、いずれもコントロール可能でした。カテーテル(動注用の管)のトラブルでは、カテーテルが肝動脈から抜けてしまうことがあります。このため、治療する前にきちんと管が入っているかチェックしています。またカテーテルがずれないように、工夫もしています。 費用 ●保健適応にはなっていない 残念ながら、肝がん治療としてのインターフェロンは、いまだに保険適応となっていません。現在、保険適応の取得を目指して治験が進行中です。なお、当院では適応基準に合致した患者さんには、臨床試験に参加していただく形で治療を行っております。動注カテーテルの植え込みや血流改変(抗がん剤が効率良く肝臓に流れ、周辺臓器に流れないようにすることです)に約20万円、入院費(約20日間)や薬剤費、検査費を含めて50万円。合計70万円ぐらいかかります。3割負担の方ですと20万円ぐらいの自己負担が必要です。 肝動脈塞栓術とは ●がんを兵糧攻めにする治療法 がんは血液より栄養や酸素を供給されて細胞分裂し、大きくなります。肝がんの内部には、他のがんと比較すると、とても多くの細かい動脈が入り込んでいます。このがんを養っている栄養血管(多くは肝動脈)を止めてしまい、がんに栄養や酸素を供給できなくしてしまう(いわゆる兵糧攻め)治療法が、肝動脈塞栓術です。 ○最も広く使われている治療法 肝動脈塞栓術は、山田龍作先生によって日本で開発された治療法であり、確立された技術とカテーテル(血管内に入れる細い管のこと)などの器具の飛躍的な進歩によって、広く普及しました。 ○手術やラジオ波の前に 手術やラジオ波などの局所療法の前に塞栓術を行うことによって、腫瘍の勢い(血流)を抑え、次の治療が安全かつ確実に治療できるようにしています。 ○手術やラジオ波の後に ご存じのとおり、肝がんは再発との戦いです。3年で60%、5年で80%以上の患者さんに再発します。とくに肝臓のあちらこちらから再発するのです。この場合も塞栓術が行われます。 ○肝臓に優しくがんに厳しく 「肝動脈を止めてしまって肝臓は大丈夫ですか?」「あと、何回ぐらい塞栓できるのですか?」「どのくらい塞栓効果はあるのですか?」とよく質問されます。肝がんの患者さんの80%以上は肝硬変を併発しています。このため、いかに肝機能を保たせながら、肝がんを治療するかがポイントです。塞栓する血管の範囲を少なくし、できるだけ肝がんを養っている血管に的を絞って塞栓します。肝がんは肝動脈のみから養われていますが、肝実質(非がん部)は、門脈と肝動脈から養われています。ですから、肝動脈塞栓を行うと肝がんは血流が途絶え壊死しますが、非がん部は生き残るのです。また、塞栓時間も数日から1週間程度で再開通するので、肝臓は大丈夫なのです。 ○血管を守れ たび重なる塞栓術で血管がダメージを受けて、細く枯れてしまい、時に塞栓ができなくなることが発生します。肝がんも死んでくれればいいのですが、細かい血管から栄養をもらい続け生き延びているのです。このようなことを防ぐため、できるだけ血管に優しく塞栓するよう心がけています。 ○縁の下のカ持ち 以上、肝切除や局所療法の術前に行われたり、術後の多発再発に対して行われたり、肝がんの予後(生存率)を下支えしているのです。 ○治療成績 1998〜2003年までに、のべ2319回の血管造影検査および塞栓術を行いました。そのうち5個を超える多発再発で塞栓術を繰り返し行っている患者さん312人、のべ725回を対象に生存率を算出しました。繰り返しの塞栓術を開始してからの生存率は、1年83%、3年42%でした。この方々が最初に肝がんと言われてからの生存率は、1年96%、3年75%、5年55%でした。 ○副作用よりも安静による弊害が問題 もっとも多いのが発熱、腹痛、吐き気ですが、これらは薬によりかなりコントロールされます。足の動脈を刺すので、局所の出血が起こる可能性がありますが、実際はほとんど問題になりません。むしろ長期安静による弊害が問題になっています。過度の安静により、足の静脈の流れが滞り、血管内にかさぶたができるおそれがあります。これが動いた拍子に飛んで肺動脈を塞ぐと「肺梗塞」という致死的な合併症になります。幸い肝がんの患者さんは血小板も少なく血が固まりにくいので、危険は少ないのですが、安静時間はできるだけ短く、少々動いても良いことにしています。 ○費用は できるだけ入院期間を短縮しました。当病院での塞栓術の平均入院期間は5.5日です。塞栓術自体が約17万円に入院費や薬剤費、検査費を含めて約40万円になります。3割負担の患者さんですと、約12万円の自己負担になります。 肝がんは、 @慢性肝炎・肝硬変というもう一つの病気を抱えていること (片方立てれば、片方立たず) A再発を繰り返すこと この2点を十分考慮して病気に立ち向かうことが重要です。私たちは肝臓に優しい治療、再発を抑止する治療を心がけています。時代とともに、治療も進歩しています。あきらめないで、元気を出して、がんばりましょう。 |